双極性障害II型と闘う

うつ病がいつまでも治らないと思っていたら、双極性障害II型でした。病気との闘いの日々を綴ります。

心の病の原因は「心の奥に隠されたトラウマ」なのか?

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「心の奥に、自分でも気づかない過去の心の傷が隠されていて、それが今の心の病を引き起こしている」…そんな考え方を聞いた事はありませんか?インナーチャイルド(心の中の傷ついた子ども)という概念もその一つですね。それを癒せば心の病は治るのでしょうか?今回の記事では、そのような考え方や療法について、私が経験した事や今の考えを書きたいと思います。

過去の心の傷を癒す作業

私が心身に不調をきたした時、メンタルクリニックに通院すると同時に、まず始めに取り組んだ事がこれでした。(当時の診断は適応障害

具体的には、本を読んでワークを実践したり、カウンセリングを受けたりしました。自分が生まれてからこれまで、嬉しかった事や辛かった事、全て書き出しました。また、「認知の歪み」も見つめて、いつそのように考える様になったのか、今はその考えを「手放す」べきではないか、と自分の考え方を見直しました。

親子関係も見つめ直し、「インナーチャイルドを癒すワーク」をしたりもしました。

この様な作業は大変で辛い面もありましたが、面白くもありました。

行き詰まり

この様に自分を見つめ直して、心に絡まった糸がほぐれたような気がしました。…でも、やっぱりうつ状態はやってきました。治ったと思ってもまた再発の繰り返しです。

私はワークを続けました。でもそれ以上自分を深掘りしても、何冊の本を参考に考えてみても何も出てきません。「堅い心のガード」がかかっているとでも言うのでしょうか?

その状態のまま、数年以上が過ぎていきました。診断はうつ病に変わりましたが、病状に変化はありませんでした。

「隠された記憶」は存在するか?

少し脱線しますが、恐ろしい話があります。催眠療法で、過去のトラウマを解放して、癒すという手法があります。アメリカでそれを受けた患者が、「幼い頃に親から性的虐待を受けた」という記憶を思い出し、裁判になったのです。しかし、その後の調査で「性的虐待の事実は無かった」と判明したと言うのです。「思い出した記憶」は「創作」だったのです。

人の記憶と言うものはいい加減なものです。外部からの情報によって、それが事実であったように書き換わってしまうのです。

私の親を全否定したカウンセラー

私は自分の中の何が病気を引き起こしているのかわからず、新たなカウンセラーの元を尋ねました。そのカウンセラーがとんでもない人物でした。

彼は「親から受けた傷のせいで、あなたは今ここに来ているんだ」と言いました。ちょっとでも親を擁護したら、高圧的に「だから治らないんだ」と。

私の親は完璧ではありませんが、暴力やネグレクトなど一切ありませんでしたし、他人にそんな事を言われる筋合いはありません。親との縁を切りたくもありませんでしたので、5回も通いましたが(それまで一縷の望みをかけていました…)最後は喧嘩のように別れました。

心の傷が原因ではない?

私は更に別のカウンセラーを求めました。

(前のカウンセラーの話をしたら、「同じカウンセラーとして謝ります」と言って下さいました)

その先生は、私の話を注意深く聞き、こうおっしゃいました。「心の不調は、心、脳、環境の3つの要素からなる。あなたの不調は、脳から来ているのではないか」「もしかしたら双極性障害かもしれない」(この先生は心理療法の専門家であるにも関わらず、心理療法が適用にならない病気(双極性障害)の知識もおありの、すごい先生だったと思います。)

私はそこで双極性障害II型という病気を知り、(その時は2年程精神科に通院していなかったのですが)新しいメンタルクリニック(引越していたため)の扉を叩きました。

そこの先生は「あなたは生物学的に波が生じている」とおっしゃいました。

治らないのは、心の傷のせいじゃ無かった

私は、いくら自分を掘り下げたり変えようとしても、10年近くもうつ状態が好不調の波を繰り返しながら改善しない事に悩んでいました。何がいけないんだろう、まだ心の傷が癒せてないというのか、まだ認知の歪みが苦しめているというのか、あるいは全ては自分の気のせいなのか?

でも、私は「双極性障害」で、「脳」や「生物学的に」引き起こされているものだ、と言われて、少しホッとしました。自分の心の何を変えれば良いというものではなかったのです。

まずは双極性障害の薬を正しく服薬する事。生活リズムを整える事。完治はしないかもしれないけれど、上手く付き合っていく方法はきっとあるという事。

今はまだ付き合い方を探っている段階ですが、完治は難しいと最初からわかっている方が、何故治らないのかと悩まずに済み、私にとっては楽でした。

心の奥底に眠っているものはあったのか?

私に、まだ心の奥底に眠っている心の傷があるのか、それは分かりません。でも、そこをいくら探っても私の病は改善しなかった。だからもう気にしません。もしあったとしても、それを無理やり引っ張りだす事に、そしてそれが本当の記憶なのかもわからないのに、意味はないのではないでしょうか。

まとめ

自分を掘り下げて心の傷を癒す事、それ自体は否定しません。私も初期にそれをやった意味はあったと思っています。けれど、私の場合、それだけではどうしようもなかった。だから、「心の傷」に囚われすぎてもいけないと、そう思っています。

もし私みたいに、自分の心を見つめすぎて却ってよく分からなくなってきた場合は、一度その方向をやめてみるのも良いかもしれません。